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マルタ

■マルタ全体地図

■マルタの見どころ

バレッタ(Valletta)

ヴァレッタマルタの首都。1565年トルコ軍との『大包囲戦』時の聖ヨハネ騎士団長ジャン・パリソ・ドゥ・ラ・ヴァレッタによって築かれた城壁都市です。町の名前も彼の名前に由来します。大包囲戦の後、通りは碁盤の目のように整備され、町全体が石で築かれ城塞都市として黄金時代を築きました。1980年には、その名残から町全体がユネスコの世界遺産に登録されました。

聖ヨハネ大聖堂 ●マルタ騎士団長の館
パレス広場の右側に建つ石灰岩の建物。現在は大統領府と議会がおかれています。1547年に完成しました。設計は、聖ヨハネ教会の設計者でもあるジェラーロモ・カサール。中は綺麗に彩色され、騎士団が実際に戦いで使っていたサーベルや鎧などが展示してあります。

聖ヨハネ大聖堂 ●聖ヨハネ大聖堂
二つの鐘楼を持つ聖ヨハネに捧げられた教会。外観は簡素な趣ながら、内部は非常に豪華で独特な雰囲気を持っています。床には350以上の墓碑が敷き詰められ、どれも色彩豊かな大理石で模様が描かれています。中には骸骨の絵まであり個性豊かです。ここでは、ノースリーブ、半ズボンなどでは入場できません。また、写真撮影もフラッシュは禁止です。

聖ヨハネ大聖堂美術館 ●聖ヨハネ大聖堂美術館
大聖堂に隣接してある美術館。ここには、殺人を犯しイタリアから逃れてきた画家カラヴァッジョの傑作『聖ヨハネの斬首』と『聖ヒエロニムス』があります。カラバッジョの絵は光りと影のコントラストがすばらしと評価されており、この絵も窓からの光の差込具合など計算されて描かれています。

●アッパー・バラッカ・ガーデン
グランド・ハーバーとスリーシティーを一望できる高台。イタリアの見晴らし台とも呼ばれ19世紀まではイタリア人騎士団員の急速の場でした。海側には1661年当時の柱廊が今も残っています。


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ゴゾ島(GOZO)

マルタ本島の西に浮かぶ人口約2万6,000人が住む島。東西約14km、南北7kmの小さな島でマルタ本島とはフェリーで結ばれており、日帰り観光も可能です。ゴゾ島は、水に恵まれ耕地や緑が広がり、住民の気質も本島の住民とは少し異なっています。

ヴィクトリア&シタデル ヴィクトリア&シタデル(Victoria & The Citadel)
ゴゾの中心地、島の中心に位置しています。町の一角の高台には城壁に囲まれたシタデルがあります。この城壁は大包囲戦の後、新たな戦いや非難の場所として再建されました。シタデル内は、細い路地が連なり城壁にでるとほぼ360度ゴゾの風景を見渡すことができます。建物は、地震で崩壊してしまったのでほとんどが再建されたものです。入り口には騙し絵が有名な大聖堂が建ち、奥には考古学博物館や民族博物館などがあります。

ジュガンティーヤ神殿 ジュガンティーヤ神殿(Ggantija Temples)
紀元前3600年から3200年前に建造されたと言われる巨石神殿。中には高さ5m、重さ数トンにも及ぶ石とサンゴ質の石灰岩が詰まれ、その石の巨大さゆえに巨人が建てたものだという伝説もありました。外観は荒削りですが、内部は表面が滑らかに整えられています。

アズール・ウィンドー カリプソの洞窟(Calypso’s Cave)
ホメロスの『オデュセイア』に登場する妖精カリプソに魅せられ7年間カリプソのもとに留まったときに暮らしていたという伝説がある洞窟。洞窟は小さく狭いのです。ここでは洞窟の魅力もあるのですが高台に位置しているためここからの景色にも注目です。開放感があり絶景です。

ヴィクトリア&シタデル アズール・ウィンドウ(Azure Window)
「紺碧の窓」の意味。数千年の間、風と波の侵食作用でできた天然のアーチで、高さ20m、幅100m、奥行きは40mもある。 晴天の日のアーチ越しに見える風景はまさに「紺碧の窓」となる。


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イムディーナ&ラバト(Mdina & Rabat)

イムディーナ&ラバトマルタの歴史と同じ位古い歴史を持つ町であり、聖ヨハネ騎士団がやってくる前は首都がおかれていました。どこまでも曲がりくねった道が続きどこか神秘的な空気に包まれています。イムディナートは高台にある城壁に囲まれた町で盛時には多くの貴族の館が立ち並んでいたと言われています。現在は、「オールドシティ」とも呼ばれ夜はランプが灯り静寂の町になります。そのイムディーナの城壁の外に広がる町がラバトです。870年にイムディナートと分割されました。ラバトはマルタにおけるキリスト教の起源ともいえ、使徒聖ヨハネが暮らしていた場所だといわれています。

聖パウロのカタコンベ(St.Paul’s Catacombs)
ラバトの中心地聖パウロ教会から10分ほどの距離にある、1000近くの墓地が連なるマルタ1の規模を誇る地下墳墓。中は薄暗く迷路のようになっています。


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ハジャー・イム神殿&イムナイドラ神殿(Hagar Qim & Mnajdra)

ハジャー・イム神殿&イムナイドラ神殿 マルタ本島の南に位置する神殿群。二つとも紀元前3600〜2500年前の神殿だとされています。ハジャー・イム神殿も他の巨石神殿と同様巨石を平行と垂直に積み上げている神殿でハジャー・イムという名前は「聖なる石」、「崇拝の石」の意味を持っています。イムナイドラ神殿は、ハジャー・イム神殿から約500m離れています。二つの神殿は似ているのですが使われている巨石は全く違うものでイムナイドラ神殿はゴツゴツした印象です。


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■マルタの基本情報

■マルタってどんなとこ?

地中海の真ん中に浮かぶ5つの島からなる国。大きさは、淡路島の約2分の1佐渡島の約3分の1。山も川もなく、いくつかの丘陵と平野が続く土地で海沿いにも砂浜が少ないです。『地中海のへそ』とも呼ばれ、古くから交通の要衝として多くの民俗が行きかった場所でした。小さい島ですが、立地の面などから戦略上の重要性があり過去に何度も様々な国の権力下にありました。
マルタの歴史は古く、エジプトのピラミッド(B.C.2589〜B.C.2566頃)より以前に造られた巨石神殿(B.C.4100〜B.C.2500)が各地に残っています。建造方法などは今も不明で、そしてこの文明を持った人々も忽然と姿を消してしまったと言われています。その後キリスト教が伝わりフェニキア人、カルタゴ人、ギリシア人により征服されました。1530年マルタ騎士団の到来により商業の復興、要塞や病院の建設に力をそそぎ発展を遂げていきました。3ヶ月に渡るトルコ軍との戦いに勝利するもその後は、2年ほどフランスに支配され、その後イギリスの統治化になります。そして1964年独立し1974年マルタ共和国となりました。近年は、2004年にEUに加盟し、2007年にはシェンゲン協定に加盟しました。

■マルタの気候は?

首都バレッタのある北部の平野部は地中海性気候、西部は西岸海洋性気候で、夏は暑いが乾燥しており、冬は温暖湿潤でしのぎやすい。雨季は10月〜3月で、この時期は雨具が必要。一番にぎわう観光シーズンは6〜8月、泳げるのは5〜10月。

■マルタでの服装は?

日中は比較的暖かいので、基本的に半袖で過ごせます。夏季は日差しを遮る帽子、サングラスは必須で日焼け対策もした方が良いでしょう。10月〜3月は朝晩冷え込み、日中との気温差があることと、海沿いは冷たい風が吹くので長袖のシャツなどがあると便利です。また夏であっても室内の冷房が効きすぎていることがあるので長袖シャツが1枚あると重宝します。

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マルタ共和国
Republic of Malta

マルタの国旗
政体:共和制
言語:マルタ語・英語
住民:
宗教:ローマカトリック
面積:316ku
人口:41万人(2007年)
通貨:ユーロ(2008年〜)
時差:−8時間(サマータイム時−7時間)